十勢地町ー1

 これは私の遺書のようなものである。私には配偶者も親族も既にいないのだから、これを読んでいる貴方はおそらく清掃業者であろう。

 部屋に散乱している大量の手書きの地図は全て自作であり、架空のものである。つまり、そこに書かれている地名や地形は実在しないものであり、従ってこの世になんの利益ももたらさないのであるから焼いてもらって構わない。

 念のため、貴方が人一倍誠実で、私のその量から唯一且つ最愛の趣味であったと推測できるこの地図群の廃棄に抵抗があることを想定して断っておくが、この地図作りは趣味でもなければ、一度たりとも本当の意味で楽しんで作ったことは無い。というのも、私は職業柄、配線器具をあれこれ弄ることがあるのだが、ふとした時に私の注意不足が原因で感電してしまい、以来地図を作りたいという衝動に年がら年中追われるようになったのである。何かを食べているときや、何かを達成したとき、逆に酷く空腹なとき、責務に追われているときなど、別の快感或いは動因があるとき以外は常にその衝動が重くのしかかってくる。一度それが頭に浮かぶと脳が緊張し、漠然とした不安に襲われ、酷いときは嘔吐を繰り返す。にもかかわらず、地図が完成したときに得られる報酬は「緊張から解放された」という微弱な安心感程度であり、先の動因が頭に浮かぶまで延々とすぐに地図作りを繰り返す。そういう訳で私はこの地図群がむしろ憎いほどである。

 貴方が善行を果たすような気持ちでこの地図群を焼いてくれることを願う。